旅の一日は、簡単な自転車のメンテナンスからはじまる。俗にいうモーニングルーティーンというやつだ。「僕のモーニングルーティーン、見せちゃいます!」などと動画にしたところでまったく再生されないだろう地味な作業である。しかし、こういった作業なしに、皆さんに旅の様子を伝えることはできない。

さて、7日目となった6/10。この日は旅の大きな目的のひとつだった十日町をあとにして、「出発点からもっとも遠い場所」湯沢方面へ向かう。今回の旅の、ある意味ハイライトとも言える「清津峡越え」だ。
例のごとく、当初は山越えを避けるルートを考えていた。なぜなら、「あんなところ(清津峡)まで行けるわけがないだろう」と思い込んでいたから。旅の初日ならまだしも、何日目だと思っているんだ、と。
まだなにもしていないのに、思い込みだけで可能性を閉じようとしていた、というわけである。
しかし、行くことに決定したのには理由がある。それは、他のYouTuberさんの自転車で清津峡へ行く動画を観てしまったからだ。昨今のおすすめアルゴリズム、恐るべし。あのタイミングで清津峡自転車動画がおすすめにあがってきたことは、「おまえはやれる」いうGoogleからのメッセージだったのかもしれない。
さて、今回の清津峡越えの道中ではほとんど写真を撮っていない。しかし文章だけではナンなので、動画から抜き出した写真を掲載していきたいと思う。

十日町駅付近から117号を南下し353号線の入り口へ到着。ここまで約12km。12kmとは、新潟市換算すると新潟駅から北区のせんべい王国くらいの距離だ。このすぐ新潟換算する癖は、ピンとこない人の方が多そうだからいい加減やめたほうがいいと思う。
さて、ここから清津峡まで距離は12km。一気にノンストップで行く。

ここまでの旅で成長したのか、はたまた適量以上のアドレナリンが大放出中なのかはわからないが、行ける気がする。しかし、こういう「調子に乗っている」ときほど冷静に、客観的に、そして謙虚になるべきだ。
「調子に乗る」。この言葉には2つの意味がある。「順調にものごとが進んでいる状態」そして「いい気になってものごとを行なっている状態」だ。この文脈での「調子に乗っている」はどちらの意味も含む。つまり旅がとても順調に進んでいる、かついい気になっている状態だ。
いずれにしても、冷静になる必要があるだろう。こんなところで落車でもしてケガをしたら、それこそ2つの意味で帰れなくなってしまう。
もうひとりの冷静な自分を頭の片隅にインストールし、客観的に自分を俯瞰する。そしてアツくなっている自分の暴走を止めるため監視する。そう、まさにこの背後に設置した360°カメラのような視点から。

これは、以前音楽業をやっていたときに師匠から教わったことだ。「どんなにステージ上でアツくなってメチャクチャやろうが、そのサマを冷静に俯瞰してコントロールする自分を常に置いておけ。」プロとはそういうものだ。それができなければただメチャクチャなヤツでしかない、というわけだ。
この清津峡チャレンジのタイミングでそんなことがふと頭に浮かんだというのも、これまで自分が自分として、自分らしく生きてきた結果だ。いろんな経験が積み重なって、今の自分ができあがっている。



ついに清津峡の看板が見えてきた。うぉぉ!と雄叫びをあげそうになるも、声が出ない。

清津峡の駐車場に到着。やってみればできるものだ。
ここまでの道中ですでに記念写真の構図は決めていた。ここ一択だ。

清津峡トンネルの中に入るかは迷っていたが、せっかく来たのだからと入ってみた。トンネルの中のことは僕よりも皆さんの方がずっと詳しいと思うので、ここでは割愛する。
一枚だけ、僕の曲がった性格を象徴する写真を紹介する。題して逆清津峡。入り口側を撮影したものだ。しかし、この写真もよく見ればなかなか味わい深いと思わないだろうか。僕はなかなか気に入っている。

さて、まだ湯沢方面への下山が残っている。下りだし楽でしょ!と思いきや…実際は来るときよりよりも過酷な上りが待っていた。
上れども上れども終わらない坂道を延々上る。でも、いつかは終わりが来るはずだ。いつか必ず下りが来る。
ある意味人生の話みたいだ、と拡大解釈をしながら、左右のペダルを必死に回す。
いつかは体力も衰え、今できることができなくなる日が必ず来る。だから、できるときにやる。今すぐやって、やらない後悔をひとつずつ消していく。この旅は、その作業の大事な最初の一歩でもある。

峠を越えると、そこには、これまでとはまったく違う風景があった。

